明治維新という過ち①

明治維新について書かれたなかなか興味深い本を読んでいます。

日本人の大多数の人は、特に歴史好きではなくても、明治維新が好きだと思います。意識していなくても、映画やテレビ等で「カッコいい・素晴らしい時代」っていうイメージを植え付けられていますよね。

僕自身もそうだったのですが、色々と自分で歴史を勉強するようになってから全然違う見方があるのだと知りました。先の大戦が起こった経緯やその時代に繋がる明治維新、それを起こした幕末の志士。学校教育や報道機関、そしてテレビやドラマが伝えるのとは全く違う見方がある。

昔は吉田松陰を凄く尊敬していたのですが、それが虚像だったと知った時には非常にショックを受けました。萩までわざわざ松下村塾を見に行ったりしてたんですけどね・・・。

以下、抜粋して紹介します。

【明治維新という過ち ~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト~】  原田伊織

はじめに 

「近代」といわれる時代に入ってからの日本人は過去に遡って永い時間軸を引くという作業をしなくなった。私がこの世に生を受けた時、日本はその歴史上初めて独立を失っていた。外国の軍隊に占領されていたのだ。

ところが、日本人自身に自国が外国軍に占領され、独立を失っていたという“自覚”がほとんどないのである。従って、敗戦に至る過ちを「総括」するという事もやっていない。ただ単純に、昨日までは軍国主義、今日からは民主主義などと囃し立て、大きく軸をぶらしただけに過ぎなかった。

俗にいう「明治維新」の時も全く同じだった。あの時も、それまでの時代を全否定し、ひたすら欧化主義に没頭した。

この百年以上、誰もが明治維新こそが日本を近代に導き、明治維新がなければ日本は植民地化されたはずだと信じ込まされてきた。公教育がその様に教えてきたのである。

つまり、明治維新こそは歴史上、無条件に「正義」であり続けたのだ。果たしてそうなのか。明治維新の実相を知った上で、その様に確信したのか。

日本人は、幕末動乱のドラマが好きである。ところが、幕末動乱期ほどいい加減な“お話”が「歴史」としてまかり通っている時代はない。

虚実入り乱れて、薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)の下級武士は永年ヒーローであった。中でも中心は長州と薩摩であった。

幕末の歴史には、それなりの回答が用意されている。それを書いたのは、「朝敵」の烙印を押されたはずの長州人である。そして、明治維新そのものに対する評価に疑問を差し挟む余地など、これまで全く無かった。

しかし、「御一新」、つまり「大政奉還」「廃藩置県」の後は、長州・薩摩の世になった事を忘れてはならない。つまり、明治以降とは、長州・薩摩の世であり、これは根っこのところで、大正、昭和を経て平成の今も引き継がれているという事なのだ。

即ち、私達が子供の頃から教えられ、学んできた幕末維新に関わる歴史とは、「長州・薩摩の書いた歴史」であるという事だ。

どの様な幕末資料を読むにしても、まずこの事が大前提となるのである。

「勝てば官軍」という言葉がある。

あの時、会津が勝っていれば、即ち会津が「官軍」となったのだ。

戦の勝者が、自分の都合に合わせて歴史を書くのは極めて普通の事であり、これは古今東西、全く変わらない。その事を承知しておく事が、歴史を学ぶ、ひいては歴史に学ぶ知性である事を知っておく事が肝要なのだ。

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