【敗戦によって失われた精神(3S政策)②】

続きです。(①はこちら→敗戦によって失われた精神①(3S政策))

これ、本当に大切なことが書かれていると思います。

戦後、物質的な豊かさばかりを追い求め、精神的な豊かさを失ってしまった日本人。それは計画的に行われてきたのだ。そしてそれは今もあらゆるジャンルにおいて行われている。

人間の脳は簡単にその設定値を狂わされてしまう。食べ物や薬やSNSの「いいね」による報酬系システムの刺激によて簡単に中毒症状にしてしまう。

その怖さを知っておく事は、幸せに生きていくために本当に大切なこと。

「なぜGHQは武道を潰したのか?」

それは、「武道が日本人の強い精神力の柱になっていた」とアメリカが考えたからだ。日本人が二度と白人に歯向かわない様にするためには、それをへし折る必要があったのである。

武道の精神は、心をしっかり落ち着け、どこまでも戦える強い力を培うものだった。とはいえ、決して暴力主義的ではない。「礼に始まり礼に終わる」ものであり、「相手に対して必要以上の攻撃を加えない」という作法もある。習った経験のある人なら誰でも知っている通り、極めて文化的なものなのである。

「三島由紀夫の予感は的中した」

GHQはまた、「ヤー」「エイ」といった声を発する、いわゆる「裂帛の気合い」も禁止した。三島由紀夫はこれについて、「この着眼点は卓抜」と皮肉交じりに述べている。

〈かつてアメリカ占領軍は剣道を禁止し、竹刀競技の形で半ば復活した後も、懸声を厳しく禁じた。この着眼は卓抜なものである。

あれはただの懸声ではなく、日本人の魂の叫びだったからである。彼らはこれを怖れ、その叫びの伝播と、その叫びの触発するものを怖れた。

しかし、この叫びを忌避して、日本人にとって真の変革の原理はあり得ない。近代日本知識人が剣道のあの裂帛の叫びを嫌悪するのは、あれによって彼らの後生大事にしている近代ヒューマニズムと理性の体系にひびの入るのを怖れるからだ。あの叫びにこそ、彼らの臆病な安住の家を壊しにかかる斧の音を聞くからだ。〉

(読売新聞 1970年1月22日)

三島は「精神」を重んじ、精神を言葉と結び付け、形あるものと捉える。懸声は、日本人の精神(魂)の叫びであり、精神の形なのだ。

三島は「日本人の精神がどの様に潰されていくか」について、極めて意識的だった。

その気持ちを募らせる一方、他の日本人が余りにも無頓着である事に危機感を覚え、市ヶ谷の駐屯地での演説に至った。そして、割腹自殺という「最後の表現」を行った。

この事件が起きた時、「ちょっと時代錯誤でエキセントリック」「三島はとうとう頭がおかしくなった」と感じた日本人は多かっただろう。私自身、子供心にそう思った覚えがある。確かに彼の取った行動自体は、常軌を逸している様に見える。ある種の極端な美学の結晶だったのだろう。

だが今になって考えてみると、日本はまさに三島が心配した通りになっているのではないだろうか。日本人の諸々の精神の伝統は、私達の身の内に継承されていない。だから、心の問題がこれほど肥大化しているのである。

一方で幕末の日本人に憧れる現代人は少なくない。その理由は、幕末期の人が、心の問題にかかずらっていないからではないだろうか。それよりも、国の行く末を考える事が第一だった。しかも、その事について、死の直前まで疑いを持たなかった。その「芯の強さ、精神の領域の大きさ」が、私達を惹きつけてやまないのである。

吉田松陰は30歳で刑死したが、死を静かに受け入れたのも、精神がしっかりしていたからだろう。獄中から出した手紙に「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」という有名な歌も残している。

ここでいう「大和魂」とは、心ではなく精神の事だ。「日本という国を大切に思う気持ち」と言い換える事も出来るだろう。

重要なのは、個人の利益よりも、より大きな視点から自分の属す共同体(チーム)に尽くしたい、自分よりも大きなものに身を捧げたいという気持ちだ。

齋藤孝(明治大学教授)

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