心。そして精神。

日常では、特に使い分けもせずに使っていそうな言葉ですが、違う表現である以上、この二つは何かが違うからこそ、別の言葉として存在するはずです。

「〇〇精神」といった言葉は日本に沢山ありますが、こういった表現をする時、明らかに「心」とは違う認識で使っていますよね。

僕自身の個人的な例でいえば、長く極真空手をやっていたのですが、極真空手には「極真精神」とか「極真魂」という言葉が伝統的に伝わっています。審査前や試合前などの苦しい稽古を行っている時、辛そうな表情や苦しそうな態度を出した時に、先生や先輩方が「極真精神を見せろ!」とか、「お前の極真魂はそんなもんなのか!」といった言葉をよく浴びせられました。

「もう無理、限界・・・」と思っていた体と気持ちが、それで一気に奮い立たされたといった経験が何度もあります。

勿論、いつもそんなカッコいい時ばかりではなく、「そんな理不尽な・・・」と思う時もあったのですが(笑)、言葉一つで奮起出来たりするって「心とは本当に不思議なものだな」と思った経験が沢山ありますね。

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そういった精神という言葉には、「魂」とか、「気質(かたぎ)」といった言葉に近い意味が含まれている様に思います。「大和魂」とか、「職人気質」とかいった言葉ですね。「特攻精神」とかもそんな感じがします。

「公的なもの・公の心」が精神という表現には含まれている様な気がします。「自分の所属する民族や家系、組織や国などの文化や文明、歴史」を背負っている感じでしょうか。

逆に、心という言葉には、もう少しプライベートな感じというか、私的な雰囲気を感じます。

自分の私的な「心」というものは弱くて小さいものだけれど、建前である「職人気質」「大和魂」の前では、強くなれる、強く在れる。そんな感じがします。

一昔前の人は、「家」や「一族・家系」を背負っている意識を強く持っておられましたよね。 

いい意味での「建前」といってもいいのかもしれません。

その建前があるからこそ、弱い自分をねじ伏せて強くなれる。

僕にとっても、「極真魂」「極真精神」という言葉は、まさにそんな感じでした。弱くて小さい自分の心を乗り越えさせてくれる、魔法の言葉。

心を強くしたい時、ここに何か、大きなヒントがある様な気がします。

心という私的な匂いを持つ部分の割合を少なくし、

精神という公の心、建前を前面に押し出す。

それが出来た時、心は強くなれる。強い状態になれるのではないでしょうか。

誰だって、本心を言えば、暑い時は暑い、寒い時は寒い。眠たい時には寝ていたいし、嫌な事、辛い事は避けたいもの。

どんな立派に見える人だって、人間である以上、そんな事は当たり前。

でも立場上、そんな弱気な事を言うのは許されない。

今、ここで、そんな私的な心情を吐くわけにはいかない。

そんな、いわば建前が、人の心を強くしてくれる。

そう思うのです。

何も、この令和の時代に「特攻精神を持て」とか、時代錯誤な事を言うわけではありません。

誰にだってあるはずです、自分を強くしてくれる「魔法の言葉」が。

「親として」とか、「教師である以上は」とか、「上司として」「警察官として」「消防官が火を怖れるわけにはいかない」とか、そういった言葉が。

そういったいい意味での建前を、自分を奮い立たせる「魔法の言葉」として登録、心にセットしておけばいい。

その言葉は、あなたの心が辛い事態から逃げそうになった時、あなたの中にある「本当の強さ」を引き出してくれるはずです。

昔の人が、現代人と心や体の仕組みが違っていたわけではありません。これがあったから、現代人にはない心の強さを保てていたのだと思うのです。

お亡くなりになりましたが、俳優の高倉健さんは周囲のスタッフや俳優仲間の誰に聞いても、日常もずっとカッコ良かった、いつどこで見ても「高倉健であった」とおっしゃいます。「高倉健」という役を、つまり建前をずっと演じ続けられた。

だから、誰もが憧れる、伝説足り得る役者さんとなれたのだと思います。

勿論、人間ですからそれだけだと持ちませんし、海外ではゆっくりと本名の「小田剛一」の戻ってゆくり息抜きされていたのだと思いますが、日本にいる以上はどこでも「高倉健」でありたい、誰もが憧れる存在を演じ続けるのだ、そんな心構えで生きておられたのでしょう。

この、「心構え」こそ、現代のメンタルが弱くなってしまった日本人に必要なものなのではないでしょうか。

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近年、ビジネスにおいても、スポーツにおいても、マインドセットという言葉がよくつかわれています。

これって、日本語でいえば、「心構え」です。

そう、人生の困難に対して、ちゃんと前もって「心が構えている」のです。

だから、何か事が起こった時に、いちいち「心が取り乱さない」のです。

日本にはちゃんと昔から伝わっているのです、心を強く保つための方法が。

我々はそれを、もう一度思い出すだけでいいのです。