もう一回、生きようと思ったの①
「生きがいの創造」(飯田史彦著)より紹介。
人々の生きがいを高めるという目的のために、「死後の人生」や「生まれ変わり」について、科学的な考察を展開する論文が話題となり、その後、一般に手に入る本として出版されたもの。
これを書かれた当時は、国立福島大学の助教授で経営学者という立場。後に教授となられて、今は民間で研究者として活躍されています。
霊魂などの存在を証明しようという動機ではなく、それを知る事により、その人の生き方がまるで変わる。「価値観の転換」に重きを置いて書かれた本です。
何十年前に、船井幸雄さんが紹介されていて、その影響で読みました。それまでにも、大体の事は知っていたのですが、これだけしっかりとまとめて書いてあるものはなかなか無かったので、凄く興味深く読みましたし、本当に感動しました。
それ以来、沢山の人に人に紹介したり、あげたりしています。
少しずつ紹介していきたいと思います。
【プロローグ ~小さな奇跡~①】
長男のヒロ君(仮名)が四歳になった、ある秋の日の事でした。
東京都に住むAさん親子は、大手メーカーに勤める陽気なご主人と、専業主婦でしっかり者の奥さん、そして息子さんの三人家族です。ご夫妻は、信頼出来る人格と高い教養とを兼ね備え、決して見返りもないウソをついて他人をからかうような方々ではありません。
いつもの様に、ヒロ君は、NHK教育テレビで八時三十分から放送されている教育番組、「英語であそぼ」に夢中になっていました。ご夫妻は、そのわきで朝食です。
ヒロ君は、英語がとても得意で、特に教えるわけでもないのに、テレビの中で出演者のお姉さんがしゃべる英語、それも単語ではなくきちんとした文章を、いつもすらすらと覚えて、見事に真似をしてしまうのでした。

その朝も、流暢に英語をしゃべるヒロ君に、奥さんは何気なく、「ヒロ君って、英語じょうずだね」と話し掛けました。
するとヒロ君は、いかにも当然そうに、こう答えたのです。
「うん、ぼく、昔、アメリカに住んでたから」
勿論、ヒロ君は、アメリカに住んだ事などないはずです。東京で生まれ、それまで四年間の人生を、ずっと同じマンションで過ごしてきました。
奥さんは、「この子、教えた事もないのに、どうしてアメリカという国名をはっきり知っているのだろう。テレビか、子供雑誌で知ったのかしら」と思いながらも、「そうだったの、それで英語が上手なんだね」と相槌を打ちました。
Aさんご夫妻は、普段から、「子供の話をバカにしないで きちんと聞いてあげよう」と、夫婦の間で約束していたからです。
するとヒロ君は、平然とこう言ってのけたのです。
「うん、アメリカに住んで、とっても楽しかったの。
だから、もう一回、生きようと思ったの」
奥さんは言葉につまり、朝食を取りながら二人緒やり取りを聞いていたご主人も、驚いて振り向きました。
Aさんご夫妻は、全くの無宗教者で、それまで「生まれ変わり」の話などした事もない上、「生まれ変わり」という現象について、ほとんど知識もなく興味も抱いていませんでした。
しかも、たった四歳の息子の口から、「生きようと思った」などという難しい表現が流れ出た事も、普段のヒロ君の口調からみると、大いに違和感のある現象でした。
「生きる、という言葉の意味が、この子、分かっているのかしら」と考えながら、なぜ息子が「もう一回、生きようと思った」などと口走るのか、見当もつかなかった奥さんは、「ふ~ん」と聞き流すしかありませんでした。
そして、数ヵ月後。
奥さんは、あるきっかけで、もう一度、ヒロ君にその事を聞いてみようと思い立ちました。数ヶ月が経った今、もう一度聞いてみて、もしもヒロ君が同じ事を口にする様ならば、以前の言葉が、たまたま思いついて口走っただけの「でまかせ」ではない事になると思ったのです。
奥さんは、さり気なく、「ヒロ君って、昔、どこに住んでたんだっけ」と尋ねてみました。
するとヒロ君は、再び、数ヶ月前と全く同じ言葉を口にしたのです。
しかも、さらに驚くべき一言を付け加えて。
続く