道具の扱い方

図書館で借りた本。

なかなか勉強になりました。水谷さんの道具の扱い方を呼んでいて、イチローさんを思い出しました。

やっぱりトップへ行く人のこだわりは違いますね。

イチローさんは「道具を大切にしていると、大切な場面で道具が助けてくれる」と語っておられますが、そういう想いが道具に宿るのだと思う。

【仕事道具を雑に扱うな】

願掛けをするまでには、人知れず徹底的に2倍、3倍の努力を重ねる。とりわけ卓球用具の管理については、誰よりも神経質だ。用具の管理に関しては、誰からも口を出されたくないし、一切ジャマされたくない。

卓球選手は、皆小さな頃からラケットのラバーを自分で張り替える。「日本代表選手なのだから、そんな面倒くさい作業は信頼できるスタッフに任せればいいではないか」と思う人もいるだろう。最も大事な仕事道具であるラケットを人に触らせ、ラバーの保守管理を任せる選手がいたら、そいつは二流、三流どころか五流だ。

ラバーは消耗品であり、だいたい三日に一回は自分の手で張り替える。前に使っていたラバーをはがすと、接着剤のノリがついている。15分ほど掛けて、細かいノリを全て綺麗に取る。表と裏のラバーをはがし、一切汚れがない状態まで掃除するのが最世の工程だ。

続いて液体の接着剤を垂らし、ラバーの両面に慎重に塗っていく。接着剤が乾くまでに2時間かかる。この2時間が重要だ。ラバーは湿気の影響をもろに受ける繊細な素材なので、乾かしている間は絶対にシャワーを浴びないし、風呂にも入らない。自分の唾や細かいゴミがくっつかない様に、机の中やクローゼットの一番遠い所など、異物に触れない場所にそっと置く。

別の選手と2人部屋に泊まる時、ルームメイトがシャワーを浴びたり風呂に入る事がある。ラケットをちょっとでも湿気にさらすのは嫌だから、そんな時はコーチの部屋に行ってラバーを張り、シャワーを使うのを遠慮して貰いながら、そのままコーチの部屋で2時間じっと待機する。

ラバーを張り替えるのは、練習や試合が終わった後の夜間だ。夜11時とか12時に作業を始めると、ラバーが乾くのは夜中の1時や2時になる。

中には接着剤の量や乾かす時間がまちまちで、適当にラバーを貼る選手もいる。仕事道具をそんな風に杜撰に管理するのは信じられない。湿気まで注意深く気にし、自分の子供の面倒を見る様に丁寧に用具を扱えば、試合中のボールの跳ね方や球筋は変わって来る。なのにラバーの張り替え中、部屋の湿気まで神経質に気にする選手は私くらいしかいない。「みんなそうすればいいのに」といつも思っている。

私にとってラケットは、車や腕時計、貴金属なんかよりも遙かに大切だ。だから、他の選手が使わない鉄製の堅いケースに入れて、とても大切に保管している。そのケースをどこかに置き忘れるなんてあり得ない。遠征で空港から空港へ飛ぶ時も、国内を激しく移動する時も、肌身離さず大切に持ち歩いている。

オリンピック後、テレビ番組に出演して卓球の実演をする機会が増えた。テレビ局のスタッフにとっては、ラケットは単なる道具なのだろう。私にとっては命の次に大切な仕事道具だから、やたらとラケットを触らせたくない。練習中や試合中でもないのに、強い空調に当たってラケットのコンディションが変わるのも心配だ。だから本番の撮影が始まる寸前まで、鉄製のケースに入れて保管している。

東京オリンピックの男子団体で、日本は韓国を破って銅メダルを獲得した。メダルを決めた勝利の瞬間、バンザイをしている私の腰に張本選手が抱き付いてきたのが話題になった。実はバンザイをする直前、私は卓球台の上に丁寧にラケットを置いている。メダル獲得に興奮して、ラケットを放り投げるなんてあり得ない。ラケットが傷つかないよう丁寧に代の上に置き、その後全身で思い切り勝利を嚙み締めたのだ。

ドイツに居た10代の頃、一匹狼だった私は性格がかなり荒れていた。試合でミスをすると、卓球台にラケットをバン!とぶつけてイエローカードを貰う。試合で負けたらラケットを放り投げて、またイエローカードを貰う。

ヨーロッパで活躍していた強い選手も、イラつくとラケットに当たっていた。台にぶつけたり膝にぶつけると、グリップの付け根がバキッ!と割れたり折れる。強い選手のマネをして自分も乱暴に扱っていたら、ますます試合で勝てなくなった。それは当たり前だ。

ラケットは木で作れられている物なので、全く同じ物は世界に一つもない。同じメーカーの製品であっても、ボールの弾みは全然違う。繊細なタッチの違いは選手にしか分からず、自分に合ったラケットを探すまでに長大な時間が掛かる。今、私が使っているラケットは、2年も3年も同じものだ。木材が削れて痛んでくると、工場に持って行って修理して貰う。自分の身体の一部と化した仕事道具には、命が吹き込まれているのだ。

練習の前後に、自分おラケットを卓球台の下に平気で置く選手がいる。仕事道具をあんな風に適当に扱っているから、試合でろくな結果を出せないのだ。こういう選手は試合が始まる前の段階で、すでに勝負に負けている。全く話にならない。

この様に私は、戦いが始まる前から慎重に神経質に仕事道具を管理してきた。「ここまでやるのか」と他人がビックリするほど盤石な準備をしなければ、本番で思った通りの結果を出せるわけがない。仕事道具を誰よりも大切に扱い道具にイライラをぶつけず精神状態を整える。そして最後の最後に「願いは必ず叶う。叶えてみせるのだ」と瞑想し、最高の精神状態にまで高めるのだ。

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