【“豊か“であるがゆえの不幸①】

現代人の心の弱さ、肥大化について分かりやすく書かれた文を、明治大学教授 齋藤孝さんの著書より抜粋して紹介します。これ、本当にその通りやなと思うんですよね。

「精神領域」と「身体領域」の縮小

心の問題をどうするかーーこれが、現代の多くの人が抱える問題ではないか。

「自分の存在=心」となり、精神や身体の柱を身の内に感じにくい。

天気の様に移り変わる自分の心に振り回される。

これが、心の領域の肥大化だ。

これは人類が昔から持っていた悩みではない。

太古の人類にとっては、食べる、眠る、温まるといった本能的な部分が最大の関心事だった。

しかし、人類は言葉を生み、文化を作ってきた。そして文化は、人類に「精神」と「身体(習慣)」、それに「心」の領域をもたらした。ここに人間を形成する三要素が確立され、本能の部分を隅に追いやったのである。

現代において、「本能のおもむくままに生きる人」がいたとしたら、社会的に大きな物議を醸すだろう。

ところが問題は、この三要素のうち、今や「精神」と「身体」が隅に追いやられている事にある。

ここでいう「心」の領域とは、一般的に感情や気分を指す。「今日は楽しい」とか「つまらない」とか、「気分が晴れない」「落ち込む」「辛い」「嫌だ」といった感覚は、誰もが持っているはずだ。

そういう感覚に日常が支配されると、鬱気味になったり躁状態になったりする。いわば、心が心を見詰める状態になり、精神の領域も身体の領域も失われるのである。

これが心の肥大化だ。

端的に言えば、「感情や気分=自分」と捉えてしまうため、感情が落ち込むだけで自分の存在自体が落ち込む様に錯覚してしまうのである。

続く

「自分=感情・心」となってしまっているのが、現代人の不幸ですよね。公の自分というのか、自分の中に「公の部分」と「私的な部分」をしっかりと作り上げてその二つを「上手くスイッチを切り替える・使い分ける」という能力が無くなってしまったんだろうなと思います。

公の部分が勝ち過ぎるとしんどくなるけれど、ある程度その部分がしっかりと在る事で、自分の弱さに振り回されてしまう事が少なくなると思うんですよね。

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