自分自身に拍手が出来る人間に

その時、すごいすごいって拍手しながら、自分って何てダメなんだろうっていう思いも募ってきたんです。

人に拍手してるだけの自分でいいのかな、私も何か一所懸命やらなきゃダメなんじゃないかなって。

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こう思える人やから、成長していくんでしょうね。

学ぶ人は何を見ても学ぶし、学べない人はどんなに素晴らしいものを見ても腐す。

結局はその人の心掛け次第なんですよね。誰にでも本当は切っ掛けはある。それを真っ直ぐに見るか?斜めに見て批判だけをしているか?なんやなあ~と思う。

自分の人生なんやから、他人に拍手している場合じゃない。

自分の頑張りに感動して、自分自身に拍手が出来る人間で在りたいもの。

そうであれば、他人からの承認や称賛なんて必要なくなる。

そうであってこそ、自分軸のある人間となり、真の意味で他者を支えられる強さを得られるのだと思う。

アナウンサーの激務の中で司法試験に合格。菊間千乃さんが転身に懸けた覚悟

以下転載です。

アナウンサーの激務の中で司法試験に合格。菊間千乃さんが転身に懸けた覚悟
2022年12月14日



左が戸倉さん、右が菊間さん


アナウンサーから弁護士に転身を果たした菊間千乃さん。弁護士を目指そうと思ったきっかけの一つは、意外にも「ヤワラちゃん」こと、柔道の谷亮子さんの活躍に接したことだったといいます。人に拍手しているだけの自分でいいのか――現状の自分に満足せず、未知のフィールドに挑戦してきた菊間さんの歩み、原点を伺いました。
対談のお相手は、看護師から建築家になったドムスデザイン社長の戸倉蓉子さんです。


どこまで自分を追い込めるか

〈戸倉〉
菊間さんがアナウンサーから弁護士に転じようと決意された頃のことも、詳しく聞かせていただけませんか。
〈菊間〉
私がフジテレビに入社した頃は、30歳を過ぎて画面で活躍する女性アナウンサーはほとんどいらっしゃらなくて、なんとかアナウンサー寿命を延ばすために他の人と違う武器を持とうと考えたのがきっかけでした。ですから、最初の目標は資格取得であって、弁護士になろうと思っていたわけではないんです。
もう一つのきっかけが、ヤワラちゃんこと谷亮子選手でした。彼女がオリンピックで2回目の銀メダルを取った時に、試合直後のインタビューで「次のシドニーに向けてまた頑張ります」って答えたのをテレビで観たんです。

〈戸倉〉
あぁ、そうでしたね。

〈菊間〉
それまで8年間、とてつもない練習をしてきたのに金メダルに届かなくて、普通だったらすぐには次のことなんか考えられないと思うんですけど、彼女はまた4年頑張ると即答した。何て強い人だろうってすごく興味が湧いて、そこからシドニーまで取材をさせていただきました。
そして、彼女が金メダルを取る瞬間を数メートル傍で見ることができて、それはもうあんなに感動したことはないっていうくらい感動しました。
でもその時、すごいすごいって拍手しながら、自分って何てダメなんだろうっていう思いも募ってきたんです。人に拍手してるだけの自分でいいのかな、私も何か一所懸命やらなきゃダメなんじゃないかなって。

〈戸倉〉
あの熱狂の中で、そんなことを考えていらっしゃったんですね。

〈菊間〉
で、次のアテネオリンピックの取材も担当させていただいたんですけど、その時にシドニーの時から4年間、自分は何も行動を起こしていないことを痛感したんです。
もちろん仕事は一所懸命やっているんですけど、オリンピックに出る人たちに匹敵するような人生を懸けた戦いや努力をしているわけではありませんでした。ただ日々仕事に追われて忙しくしているだけでいいんだろうかと、いろいろ考えるようになったんです。
そんな折にロースクールができて、夜間は4年コースだっていうからオリンピックと同じだと思って、私も4年間オリンピック選手と同じくらい頑張ってみよう、自分で自分に拍手ができるくらい人生を懸けて勉強してみようって決意したんです。
そして勉強を進めるうちに、ただ資格を取って終わるのではなく、習得した知識を武器に、困っている人の役に立ちたいと思い始めて、弁護士を目指すようになりました。

〈戸倉〉
アナウンサーの仕事をしながら司法試験の勉強をするのは、さぞかし大変だったでしょうね。

〈菊間〉
本当に大変でしたね。
毎日3時間くらいしかベッドで寝られなくて、そのうちストレスで声が出なくなってしまったんです。このままでは体がもたないと思って休職も考えたんですけど、尊敬する弁護士の方から「何かを得るためには何かを捨てなければいけない。弁護士という仕事は、あなたがいま抱えているものを捨てるだけの価値がある仕事だと思うよ」と言われて、すべてを捨てて本気で挑戦することにしました。

〈戸倉〉
退路を断たれたのですね。

〈菊間〉
そう、断ったからよかったんだと思います。どこかに逃げ道があると、人間って弱いからどうしてもそっちのほうへ流されてしまいますよね。
ただ、なかなか成績が上がらなくて、模試の成績が返ってくる度に落ち込みましたね。もし受からなかったら、この先の人生どうなるんだろうと考えると怖くて怖くて。
当時は一人暮らしでしたから、このまま死んでしまって「元フジテレビアナウンサー孤独死」って報道されたりしたら嫌だから(笑)、泣きながら、文字通り歯を食いしばって勉強しました。
もしあのまま働いてお給料をもらいながら勉強していたら、きっとそこまで必死になれなかったでしょうね。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、追い込まれたら、人って何でもできるんだなって思いました。

(本記事は月刊『致知』2019年3月号 特集「志ある者、事竟に成る」より一部抜粋・編集したものです)

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