みっともなさを晒して生きる

凄く考えさせられました。

人格と仕事と言うか、才能は一致しない」というのは、長くスポーツの世界を見て来て、身に染みて感じている事なのですが、作家でもやっぱりそうなんですね~。

文豪の酷い生活振りや人格の壊れ方はよく聞きますが、文学には詳しくないので、凄く興味深い記事でした。

作家じゃないけど、読みながら野口英世が頭を離れませんでしたね、子供の頃は電気を呼んで感動し、物凄い人格者やと思ってたので、その実態を知った時はかなりショックでしたが、完璧な人間なんて居ませんもんね。

人間って欠けている部分があるから、何とかその欠落した部分を埋めようとするし、その渇望感が何かを生み出す。それは神様から貰ったプレゼントなのかもしれない。本人はそれで苦しんだりするけれど、代わりにそれが他者にとっては気付きを貰ったり、偉大なる仕事を残して貰えたり、という事にもなっているのだろう。

松下幸之助さんのお父さんの米相場での失敗と言えの没落が無ければ、幸之助さんの大成功も松下電器という大企業も生まれず、今のパナソニックで働く人の運命も全く違っていたわけやから、世界って面白いなと思う。

以下、全文を転載

生きるってみっともないなぁと思う。だけど、みっともなくたってちっとも構わない。


小さな郵便局の片隅に、スチールの本棚が置かれていた。
近づいてよく見てみると、並んでいるのはどれも古そうな本ばかりで、紙が黄ばんで細かいシミが浮いている。うっすらと埃も被っており、もう長いあいだ人の手が触れていないようだ。
 
並んでいる本のラインナップも相当古い。林真理子の小説が1冊あるのを見つけたが、見聞きしたことのないタイトルだった。
一体いつの時代の本なのだろうと引き抜いて、発行日を確認したら、なんと平成元年(1989年)だ。
 
窓口の順番待ちをしている待合客の暇つぶしのため、ロビーに新聞や雑誌を用意してあるところもあるが、この郵便局にはそうしたマガジンラックは置かれていなかった。
新聞や雑誌の代わりに、かつて局員たちが要らなくなった私物の本を提供していたのだろうか。
 
これらの本も昔は役に立っていたかもしれないが、窓口利用者がめっきり減った町外れの郵便局では、順番待ちをする必要がほとんどなく、たまに待たされることがあっても本棚に近寄る人はいなかった。
今時は高齢者ですら、みんな待ち時間はスマホに目を落としているのだから。
 
どんな小説なのか中を見ようとページをめくったところで、私の持っている整理券の番号が呼ばれてしまった。
 
本を手に持ったまま窓口で用事を済ませ、
「あの、すみません」
と職員に声をかけると、こちらが「本を借りてもいいですか?」と尋ねる前に、
「本でしたら、借りて帰られてもいいですよ。返すのはいつでも構いませんから」
と、察しのいい答えが返ってきた。
 
貸し出し記録として名前を控えられたりもしなかったので、なんなら返ってこなくてもいいと思われているのだろう。
 
ならば遠慮なく、じっくり読ませてもらうことにした。
人気作家の作品といえども、これだけ古く、代表作でもない短編集なら絶版に違いない。図書館にもないだろう。
 
意外な場所で思いがけない掘り出し物を見つけたようで、ちょっと得をした気分になった。
一体、若き日の林さんはどんな小説を書いていたのだろうか。
 
家に帰ってページをめくると、その「ローマの休日」という短編集は、表題になっている「ローマの休日」や「風と共に去りぬ」など、名画をモチーフにした恋愛小説であることが分かった。
 
コピーライターだった林さんが作家へと転身し、処女作であるエッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラーになったのが1982年で、さらに1986年には直木賞を受賞しているのだから、この短編集を書いた時にはすでに作家として確かな地位を確立している。
 
それでも、まだ小説家としてキャリアが浅かった当時の文章は、感性の若さと瑞々しさが溢れている一方で、未熟さと荒削りさも目立っていた。
 
この本よりも後に書かれた作品の切れ味の鋭さや、現在の円熟味を増した文章の方を読み慣れてしまっていると、ひどく物足りなく思えることに何だかホッとしてしまう。
「押しも押されもせぬ大作家でも、キャリアの浅いうちはこんな感じだったんだなぁ」
と、その仕上がっていない未完成さに安心するのだ。
 
デビューしていきなりヒットを飛ばした作家でも、最初から完成されていたわけではなく、こんな若書きをしていた時代があったのだと思うと、僭越ながら親近感がわいてくる。
 
私は地元である高知県の生んだ文豪・宮尾登美子が大好きなのだが、彼女がブレイクするずっと前に書いた小説「湿地帯」を読んだ時にも、「ローマの休日」を読んだ時と同じ安堵を覚えた。
 
私が宮尾登美子の作品を読み始めたのは、林真理子が大ファンだとエッセイに綴り、読むべき名作として「櫂」を薦めていたからである。
林さん曰く、「宮尾さんの本は濃く、熱く、中身がぎっしりと詰まっている。日本の女の遺伝子を心地よく刺激する」のだそうだ。
 
実際に読んでみると、その意味するところがよく分かる。
確かに宮尾さんの本には文章がぎっちりと詰まっていて、そこから描き出される世界の空気はむせそうなほど濃密だ。
 
宮尾さんが紡ぐ女の物語では、驚くような事件やドラマは何も起こらない。
時代や家族、運命に翻弄される凡庸な人間の日常と心の機微を、ただただ筆の力で読ませるのだから、まさに名人芸である。
 
私は宮尾登美子作品やエッセイを読めば読むほどに、その文才に圧倒され、「こんな素晴らしい文章を書く人は、きっと素晴らしい人格者に違いない」と、勝手に想像を膨らませて、作品と作家を同一視して深い尊敬と憧憬を抱いていた。
 
けれど、名作を生み出す秀でた才能があるからと言って、人柄まで優れているわけではないと分かったのは、全集に収められていた彼女の日記を読んだ時だ。
日記には、こんな人物が実際に身近にいたら、迷惑すぎて絶対に関わり合いになりたくないと思うような生活の実態がつまびらかにされていた。
 
宮尾さんは女流文学賞を受賞後、地元の高知では名前と顔の知られた存在になった。
地元の名士として扱われるようになると、気前のいいところを見せようとして見栄を張り、無理な浪費を重ね、やがて借金にまみれていく。
 
懇意にしていた書店では、ツケで好きなだけ買い物をして代金を踏み倒し、親友には多額の借金を被せ、自分の親類縁者からは借りられるだけの金を借り尽くして相手にされなくなると、再婚相手が勤める会社の社長にまで手紙を書いて金の無心をし始める。
 
高利貸しにも金を借り、終いには地元に居られなくなって夜逃げする羽目になるのだが、夜逃げ前にもわざわざ遠方の親戚に、返すあてのない大金を借りに行ったのだ。しかも、その親戚とは再婚したばかりの夫の遠縁なのである。
 
高い人間性と高い作家性は並び立たず、人の心を揺さぶる作品づくりが上手い人は、人格的に大きな破綻とルサンチマンを抱えているが故に、独特の視点や感性の鋭さを持っているのだと誰かが言っていたが、宮尾登美子はまさしくその通りの人であった。
 
そんな人と生活を共にするのは災難でしかないと思うけれど、軌道を外れて堕ちていく生活の中にあっても、夫である宮尾雅夫氏は登美子を支えて執筆を続けさせた。
 
よほど妻の文才に惚れていたのか、余りにも多くを失い過ぎたせいで引き返せなかったのかは分からないが、いずれにせよ、宮尾登美子が数々の名作を生み出した功績の半分は雅夫氏にある。
 
その彼が一番最初に登美子に書かせたのが、「湿地帯」という新聞連載小説なのだ。
 
残念ながら連載当時の評判は散々で、単行本化もされなかった。
宮尾登美子の名声が確立された数十年後に、ようやく大手出版社から本が出たが、やはり出来が悪い作品のため絶版になっている。
 
もはや中古でも手に入らない幻のハードカバーの単行本を、思いがけず図書館で見つけた時には興奮を覚えた。
そして、読み始めると更に興奮した。ツッコミどころが満載で、ある意味とても面白かったのだ。
 
「湿地帯」は大人の恋愛を絡めたミステリー小説で、謎解きは伏線が回収されずじまいだし、男女の絡み合いも中途半端な上、文体はどう見ても松本清張の劣化版コピーだった。評判が悪かったのも頷ける。
 
きっと連載当時は、松本清張ミステリーが世を席巻していたのだろう。
独創的な作品を生み出してきた宮尾登美子ほどの文豪が、まだ若く無名に近い時期とはいえ、これほど世間に迎合しまくった作品を書いていたのかと思うと何やら愉快だ。
 
没後に出た評伝を読むと、この不完全ミステリーの連載を終えた後の彼女は、金欠病がひどくなり、どうにか金を作るために雑文を書きまくっている。
売文屋だとそしられようと、ほうぼう拝み倒して仕事をもらい、企業の広報誌のルポからエッセイ、宣伝文、果ては匿名でコピーライティングまで手がけたのだ。
 
夜逃げして上京後は、女性誌のライターとして仕事を得たもののすぐに干され、持ち込み原稿はどこの出版社にも相手にされず、文章で収入が得られなくなると仕方なく就職したが、そこも長くは勤められずに転職している。
 
それでも筆と机に齧り付いて、これを最後に諦めようと自費出版した「櫂」でブレイクを果たしたのだから、執念の勝利だ。
 
私は当初、作品からイメージを膨らませていた文豪・宮尾登美子像と、実際の彼女がかけ離れていることに失望してしまった。
しかし一方で、彼女の経済観念のなさや厚かましさ、節操のなさを知れば知るほど、自分のいたらなさが許されるような気がして、気持ちが軽くなっていった。
 
大作家や文豪とは比べるべくもないが、私も文章で小金を稼ぐようになって数年が経つ。
偉くもないのに偉そうなことを書き綴り、数年経ってもいまだに筆は未熟なままで、人格も欠点だらけの自覚がある。
 
大作家と文豪の若書きは、こんな私にも開き直る勇気を与えてくれる。偉くなくたって書いていいのだ。
私だって書くより他に能がないのだから、他にやりようがないではないか。
 
なんて言いながら、私も書いて稼げなくなったら転職を考えざるをえないだろう。生きるためにはそれも仕方がない。
 
生きるってみっともないなぁと思う。だけど、みっともなくたってべつにちっとも構わないのだ。

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